クローン病の入院生活#3~入院による休学が悲しいわけ~
3月25日日曜日
休学宣告を受けて私は悲しみに暮れていました。
私は元々看護師になりたいと思って看護の道に進んだわけではありませんでした。
元々看護に進みたくなければ休学は良い機会なのだから、さっさと大学を辞めて他の道に進んでもいいわけです。
でもなぜこんなに悲しいのだろう
私は高3の時、理系の研究者や教員の道に進むつもりでした。しかし、目指す大学が難しすぎると言われ泣く泣く断念。東京工〇大学…まあ目指すのは自由ですからね。
何の道に進むか考える中で、母が障害者就労支援施設で働いていたこともあり、福祉や地域に興味を持ちました。そこで保健師ならなってもいいかなと思い、それなら看護師が必要になるということで、系列の看護学科に入りました。
興味のない分野を学ぶのは思いのほか窮屈で、大学1年の時は転科することを本気で考えていました。例えば注射の試験や血圧の測定など苦手な看護技術試験があるときは、これで落ちたら辞めようと毎回思っていました。
でもなぜ休学がこんなに悲しいのだろうか。
恐らく、自ら進んで休学したわけではないからだと思います。病気になって休学というのは無念で仕方ありません。それに加え、いつの間にか解剖生理学や病気のことについて学ぶのが好きになっていたのだと思います。
看護というとナイチンゲールや患者の心に寄り添うといったイメージが強いですよね。私はこれにあんまり魅力を感じられませんでした。私はこんなに人の為に献身的になれない。だから看護に行きたくなかったんです。
でも、学ぶにつれてそのような面は1部に過ぎないっということを知りました。
その他にもいろんな活動をしていて、Youth Rushとか歌のグループとか組んでたし、役員とか今思うとかなり沢山の課外活動をしていました。それらが出来なくなると思うと悲しくて仕方がなかったのです。
それは、頑張っていたと自分で自負いた出来るほどに、一生懸命頑張っていたからでした。